ピノ・ノワール

地元で小学生サッカーのコーチしてます!Tottenham hotspurファン。Twitterもよろしくー。

サッカーを求めて。

コーチから離れ、社会人サッカーに。

 久しぶりの更新となりました。前の更新が2020年8月なので、2年ぶりくらいかな。あれからサッカーのコーチは行かなくなってしまいました。ちょうど、仕事が忙しくなってしまって体調崩したりで、コーチも行かなくなってしまいました。コーチから離れましたが、会社の人とサッカーをする機会に恵まれて、サッカーとしては10年ぶりにプレーヤとして復帰しました。最初は体が追い付かず、初めて半年間で3回重傷を負うという(笑)。ただ復帰して、あらためてサッカーっていいなって思いました。

サッカーオタクとしての新たな旅立

 サッカーを指導する立場からプレーヤーに復帰して、思ったのが ”言うは易く行うは難し”、もっと平たく言えば”コーチ、お前出来てへんやん!”ですね(笑)。いやぁ、こんな簡単なこともできないのかっていうくらいにできない。トラップ、パス、シュート、ドリブル…何もできない。衝撃的に下手になってる。そして、下手だったことは下手なままだなぁ・・・。現役(高校生)時代からかなり経ちますが、サッカーの知識や指導力は蓄えられたともいますが、プレーがうまくなることはほとんどなかったですね。サッカー向いてないのかなって少し落ち込みました。

 だがしかし!ここからが、書きたかったところです。実は現役を引退してから”現役時代の自分を超える”という野望がふつふつと沸いていたのです!そこで社会人ながらも、今年に入ってからトレーニングを開始し始めています。それと幸いなことに、チームの戦術・フォーメンション担当も任せていただけることになりましたので、知識のイン・アウトプットの場もいただけることになりました。これからは、トレーニングと戦術について書いていきたいと思います。もし、見てくれている方がいればコメントいただければ!

 

 

 

 

 

 

教育について

変化していくものとして捉える

教育というのは、時代によって変化していくものというのを誰もが認識しなければならないと思う。一昔前は儒教的な考えが強く、今では子どもでも1人の人間として扱わられるべきだという意見が多くなってきていることを考えれば、教育は当然変化していくと思う。そして、これからも変わり続ける。

前時代≠否定されるべきもの

昔のやり方は間違っていた!で済ますのは簡単だけども、それだと歴史を学ぶ意味がないので前任者もしくはまだ在籍している人を否定するのは自分が時代から取り残される可能性を孕んでいる。過去を学ぶのは今の時代を観察する手段を学ぶことでもある。

儒教的な教育

例えば、昭和の時代から続いていた儒教的な考えについて振り返ってみると戦争時代も含めて、社会に求められているのは組織に貢献する人材を育成することだった。だから、個人の意見よりも挨拶やトップダウンな考えを理解し実行することが何よりも必要とされていたため、暴力で理解させることや過剰なまでに人間関係を重要視する教育方法が最適だった。だから、前時代な教育は間違っているのではなくてむしろ時代に即した質の高い教育でさえあると言える。

自立的な教育

では、欧米的な考えである自立的な教育は現在盛んになっている教育方法だ。アクティヴラーニングやディスカッションなど、能動的な姿勢や個性的な考えを持つこと、課題発見、課題解決力にフォーカスされた教育だと言える。

これが必要とされている理由は1つはグローバル化だ。儒教国家であれば、上下関係がはっきりしていれば前時代的な教育で十分だが、相手が自立的な風土がある国ではそうはいかない。自分の意見を発信し、協力していかなければならない。

もう一つの理由としては、前時代的な方法で解決できることが自動化されつつあるということだ。言われたことを確実にこなすのは機械学習が得意とするところで、まず最初に自動化が進んでいく分野だと言える。

街クラブに求められる教育

以上は教育全般に関しての意見です。ただ、街クラブについてフォーカスしてみると、やっぱり前時代的な指導をしている方はたくさんいらっしゃいます。私はそれが悪いとか問題外だというのはあまりにもドライで危ない考えだと思います。少なくとも私はそれで育ってきたし、前時代の人がいたからその場が存在したのは紛れもない事実です。そしてそういう考えの人はこの先確実に減っていくというのも事実です。我々の世代が前時代と言われるのは10年もすれば言われていくでしょう。上の世代は考え方が硬いと言えるのは、学ぶことに意欲的な世代だからですが、上の世代を理解しようとしないその姿勢こそが、年齢を重ねた時に考えが固まってしまう原因だと思います。その時に考え方をアップデートしていくためにはやはり前のやり方の劣っているところや優れているところを理解することが何より大切なのではないでしょうか。そして、優れた考え方を共有する姿勢とその方法を学ぶ姿勢があれば、どの世代でも誰もが活躍できるようになるのではないでしょうか。結局、サッカーの話じゃなくて教育の話になっちゃった。

ビルドアップ

ビルドアップの定義

ビルドアップはボールをゴール前まで運び、シュートを決めるまでのことを指します。ボールを保持するポゼッションよりも広義だと思います。ビルドアップはゴールを決めるための戦略とすれば、ボールポゼッションはボールを失わないための戦術といったところでしょうか。

ショートパスかロングパスか

ビルドアップと聞くと、ついショートパスをイメージしますがロングボールも立派なビルドアップの方法です。以前対戦したチームを参考にします。

ロングボール主体のビルドアップ

ロングボールで優位性を得られるなら多様するのはありだと思いますが、以前に対戦したチームは小学生ながらにロングボールを使った組み立てを行なっていました。特に驚いたのが、可変フォーメーションを使っていたところで、さすがに驚きました。3バックで、相手FWに対し数的優位を持ってボールポゼッションを行います。この時、MF3枚でMF4枚を釘付けにします。

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この状態から、FWにロングボールを出します。ただ、蹴るのではなくチームとしてタイミングを見計らっているため、蹴ると同時にMF2枚がFWの位置まで上がりボールを回収します。

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残ったMFは大きくボールを跳ね返された時の回収役に回ることでリスク管理も行えていていました。実際にターゲットマンのFWの周りでは数的有利な状況が生まれています。

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ただ、恐ろしいのはこれはこのチームの戦術の1つでしかないところで、相手チームはDFもMFもラインを下げてしまうため、3バックの数的優位を助長することになり、容易に相手陣地に入ることができます。こうなると、攻撃の確率は上がるためカウンターにしか勝機を見出せないでなく、MFもDFも押し込まれているので3バックに対してFW1枚で挑むということになります。

このように、ロングボールを用いたビルドアップも大いに有用だと言えます。ここまでデザインされたビルドアップを小学生で見られるとは思いませんでした。さすが全国優勝チームだなと思いました。ボコボコに負けました。

ショートパス主体のビルドアップ

ロングボール主体のビルドアップの良し悪しを決めるのは個人の身体能力です。身長が高いことや足が早ければ早いほど、この方法は有用になっていきます。では、普通の街クラブである私のチームでできることはショートパス主体のビルドアップでしょう。ロングボール主体のビルドアップとの大きな違いはMFを飛ばさないことでしょう。MFを経由するということはショートカウンターのリスクが高まり危険ですが、狙いをもってすれば一辺倒な攻撃にならないため有用と言えるでしょう。

プレッシャーラインを超えていけ

まず超えなければないのは、FWのプレッシャーラインです。自チームは2ー4ー1を採用しているので2バックでFWを抑えなければなりませんが、間に立たれてしまうと通用しません。では、GKをこれに参加させましょう。

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こうすることで、FWのプレッシャーラインを超えることができます。もし、相手MFがDFにプレッシャーをかけてきた場合はGKがもう一度受けることで、MFが飛び出してきた分空いた味方のMFにボールを通すことができます。この場合だと、この時点で数的優位な状況のため後述で説明するスペース攻略でゴールを目指します。

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FWだけがプレッシャーに来ていた場合だと、数的優位は生まれていないため、このままだと有利に進められません。次はMFのプレッシャーラインを突破しましょう。まずは、FWを突破したDFを基点にひし形を形成します。こうすることで3つのパスの選択肢が生まれます。

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ただ、パスだけがビルドアップではなく、より効果的に相手ゴール前に進むためにはDF自身がドリブルを行い相手を引き出します。

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こうすると、サイドハーフセンターハーフのどちらかが引き出されます。これが最大の狙いです。ここではサイドハーフが引き出された場合を考えましょう。FWを使ってサイドハーフの裏を攻略します。これでMFのプレッシャーラインを突破しました。

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さてここからですが、ゴールを決める1番高い確率の高い場所はペナルティスポット周辺の中央のスペースです。守備の基本はまずここを締めることといって過言ではないでしょう。その次に危険なのは、その脇の角度はあるけどシュートが打てるゴール前のハーフペースとDFの前のスポットです。基本的にはゴール前から中、外、一歩引いて中、外の順番でゴールの確率が下がっていくと思います。

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では、①をいかに攻略するかというと、コンビネーションを使ってスペースを作ることです。例えば、①を攻略するために、あえて②に走り込みます。そうすると、①のスペースが空きます。この際、引き連れていくために、逆の②や①を狙う事前のフィエクを入れるとスペースを創造しやすく、ついて来られなければ、フリーでシュートが打てます。

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ついて来た場合は、他の選手が①のスペースに走り込むことでフリーで流し込むことができます。このようにショートパスでもしっかりとデザインしていくと、ビルドアップできることがわかりました。

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ビルドアップはデザイン

ロングパスにしてもショートパスにしても、デザイン(設計)していくことで確率を上げることができます。これが攻撃の創造性を下げるかと言われると、そんなことはないと思います。攻撃の形の話は前もしましたが、攻撃を行う中で1人では数的優位を作れません。数的不利な状況での創造性を極めていくのも悪いことではありませんが、自分たちに有利な状況を作る戦略を学ぶことと創造することは遠くない関係にあると思っています。一瞬の閃きといわれるのもその似た状況を何度も繰り返すこと、つまり再現することで状況打破の考えが浮かぶわけで、種も持たず耕してもいない畑に行っても花は咲かないのと同じことだと思います。

自チームのビルドアップをもっと精度上げたいですが笑

フットサルとサッカー

フットサルと小学生年代

小学生年代を指導していると、サッカーとフットサルを一緒にやっているチームは多くあると思います。ただ、私の指導している地域におけるフットサルはサッカーの延長線上にあり、チョンドン(キックインで転がして、シュートを打つ作戦)をしているくらいで、チョンドンについても市内大会レベルでは確かに有効で、背の低いキーパーやDFが相手にいると狙い目にはなります。

それでいいの…?

しかし、それは果たして小学生年代でやらなければならない内容なのでしょうか…?結局サッカーの延長線上にしかなく、フットサルをする必要があまりあるとは思えないし、勝利至上主義的です。プレーに関与しているのはシュートを打つ選手しかほぼいません。

サッカーでもそうですが、組織的でないチームは縦に速いサッカーとはまた違う、ほぼ無謀なロングボールを蹴って追いかけるサッカーをしがちです。なぜなら、相手陣地に入る術がそれしかないからです。後ろからショートパスで繋ぐ方法や適切な配置を意識した上でのロングボールでの組み立てなどとは違う、チームとしてのチャレンジがない、個人としてもそのチームでしか通用しないサッカーとあえて言いきります。そんなサッカーをする小学生のチームはごまんとあります。

フットサルにはフットサルの良さがある

あくまで主観ですが、サッカーをやっている選手がフットサルをするメリットは、"崩す"ことを学ぶことだと思います。前述の無謀なロングボール戦術やチョンドンを使わなくても、縦40メートルくらいのスペースであれば簡単に相手の陣地に入ることはできるし、そこからゴールに迫る方法、つまり"崩し方"は無限にあります。

ダイゴナル、パラレラ、旋回…

サッカー雑誌等を読んでいる人には馴染み深いダイゴナルランなどはフットサルではよく使われているようです。サッカーより踏み込んでいるのはダイゴナルを組織的に行う、つまりチーム戦術であるということがフットサルがサッカーよりも戦術的なところだと思います。詳細は別記事で投稿しますが、簡単に言えばスペースの使い方とタイミングが重要になってきます。

戦術嫌いな指導者との戦い

フットサルにおいてダイゴナルやパラレラなどは確かにチーム内で決まりごとを守らなければ成立しない戦術です。動きが決まっていて、それが面白くないと感じる選手や指導者もいると思います。もしかしたらイマジネーションが無くなる…と愚痴られるかもしれません。

ではサッカーにおけるイマジネーションは何にあたるのでしょう。幻想的なパスやドリブルなどの個人プレーなどでしょうか?

私はそうは思いません、確かに幻想的なプレーは創造的に見えますが、それを実行するためにはチーム内でのビジョンの共有は必須になりますし、1人の創造的(かもしれない)な選手だけではサッカーは成り立ちません。

イマジネーションは予測のもとにある

イマジネーションなプレーとは、ボール、味方、相手との相互的なプレーだと私は考えます。相手を観察して相手を誘導したり、味方の特性やチーム原則があるからこそ、次の予測が立ち、良いプレーができます。即興的なプレーも相手との立ち位置や味方の動き出しがあり、それをフェイクに使えるからできることです。

フットサルとサッカーの関係…

少し話が逸れましたが、チーム戦術を簡単に練習できて、ボールを触る回数も多いフットサルはサッカーをする小学生年代にもかなり有効だと思います。ただフットサルをするのではなく、ダイゴナルやパラレラなどの簡単なチーム戦術や、チャレンジアンドカバーなどのサッカーでも通じるような取り組みを少しでも取り入れるチームが増えたらいいなぁ…と思いました。

パス&…

パス&ゴーは古い?

パス&ゴーという言葉が変化しているらしいです。パス&ムーブだったり、ほかの言葉もあるらしいです。言葉遊びだろう…と思いますが、言葉についての詳しい解説はほかの人に任せて、パス&ゴー自体を考えてみます。

良いパス

パス&ゴーというのは、そのままの意味でパスを出したら動けということです。では、パスを出せばどこに動いても意味があるかと言われるとそうではないと思います。

良いパスとは、メッセージを含むパスだと思います。メッセージというのは次はこうして欲しいという意味で、例えばダイレクトでシュートを打って欲しいシーンでなら早くて触るだけでゴールするようなパスになります。キーパーへのパスであれば絶対にミスをしないような丁寧で蹴りやすい場所へパスをするでしょう。

良いゴー(動き出し)

ゴー、つまり良い動き出しですが、状況判断能力がモノを言うのではないでしょうか。チャンスになるところに動きボールをもらう技術が重要なのは当たり前ですがなかなか難しく、できる選手は珍しいです。指導をするときに私も悩んでいるのですが、動き方を指導するべきなのか経験の中から自ら体得していくべきなのか迷います。私自身はあまり指導された経験はないのですか、フリーになるために動く型は実際に存在すると思います。フリーになるためには、

  1. 相手の視野から消えること
  2. 相手より早く動くこと

の2点が大きくあると思います。このどちらかでも意識しているとチャンスは広がります。

良いパス&ゴー

パス&ゴーが有効なシーンを作り出すことも重要ですね。パス&ゴーの良さは、狭いスペースでも崩すことにあると思います。人間は、動いているものに目を囚われがちですので、ボールが動くとそちらに目が行き、最初のパスを出した選手のマークは緩くなりますので、チャンスになりやすいという原理です。ですから、良い動き出しというのはもちろんボールを次に貰いやすいところでありますが、ボールに目が行きがちな心理を上手く活用する動き方が良いのではないかと思います。

また、最初のパスをする際の相手の選手との距離が重要だと思います。遠すぎるとそのぶん相手選手の視野は広く確保されるので、守備がしやすくなってしまいます。相手を十分に引き寄せることができると、相手はボールサイドに視野を向けるとパスを出した選手から一度目を離さなければならないためリスクを負うこととなり、チャンスになりやすいです。

2-4-1におけるサイドハーフを使ったビルドアップについて

ビルドアップ

ビルドアップをするときに数的優位を確保しなければ、なかなかうまく回せないため数的優位を保ちながら前進していく方法を探していきます。その中で、2-4-1でうまく使えそうな戦術があったので紹介いたします。

GK⇨サイドハーフ経由

今回はGKまでボールを回したときの組み立てを考えます。まずGKは相手FWを引きつけます(自チームでは"かませる"と言っています)。

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その間に右サイドハーフ(右SMF)がディフェンスラインまで下がってきます。そうすると、当然右SMFに相手の選手(左SMF)が寄せてくるので、またここでも"かませ"ます。この時点で、味方(右SMF、右DF、右CMF)と相手(左SMF、左CMF)で数的有利が作れています。

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相手の左SMFの後ろにスペースができるので、味方の右SMFはそこに走り込み相手のCMFを引き連れて行きます。

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すると、味方の右SMFがいたスペースが空くので、右DFが前進すればフリーでボールをもらうことができます。また、この時点で相手は2人のプレーヤーをプラスにかけているため、数的同数になります。すると、相手は右CMFか左DFをプレスに出すしかないため、そこでもまた"かます"ことができるので、数的優位を作り出すことができます。

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これはあくまで一例ですが、狙いとしては相手を動かしてスペースを作ることとその空いたスペースに選手が動くことでチャンスを作るということがあります。相手を"かます"ことで、常に数的有利な状況を作り出し相手の陣地で勝負をかけることを目指しましょう。

 

 

サッカーの型について

型について

サッカーにおける型というと、フォーメーションがまず挙げられると思います。過去の記事でも5レーンなどで考えましたが(だいぶ更新が久しぶりなのはスルー笑)、ここでは攻撃時にパターンとしてチームが持っている動き方について話そうと思います。例えば、左サイドハーフの選手がボールを持った時は右サイドの選手は中に入るか逆サイドで張ったままにするかなどです。

型はそもそも教える必要がある?

型はそもそも必要かどうかと言われると、私はある程度は必要だと思います。型やパターンといえば、創造性が失われる!と私も最近まで思っていましたし、尊敬するコーチにも対策をとられると手も足も出なくなるから教えないなどの意見もあります。

ただ、型やパターンを持たないチームに創造性があるかと言われると私はそれは違うと断言は します。なぜなら無秩序と創造性は異なり、創造とはベースがあって初めてできることです。大切なことは型を教えることに意味をつけることだと思います。

型の例

例えば、フォワードの選手が中盤までボールを受けたときに、フォワードの選手がいたスペースに中盤の選手が走り込む型を教えるとします。ここで、フォワードが受けたら必ずそのスペースに走りこめ!だけでは、一時的には上手く行くでしょうが対策されるとこの手は通用しないでしょう。

フォワード(青11)が中盤まで下がってもらうことで何が起きるかというと、相手のセンターバック(赤3)が上がってきます。それと同時にもう片方のセンターバック(赤4)は赤3が青11にドリブルで抜かれた場合を考えて赤3の後ろをカバーします(写真2枚目の①と②のスペース)。

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①初期状態

 

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フォワードが下がってきたとき

 

フォワード(青11)、連動して青9と青10が赤のマークを外し前に上がれれば3:2の数的優位が作れることになります。

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フォワードにボールが渡ったとき

 

ここで重要なことは選択肢があるということです。青の11は数的優位なので、ドリブルもパスもシュートも選べます。また、青11が作った裏のスペース(画像2の①②)に青9,10が走りこめばキーパーと一対一のビックチャンスになります。

青11が中盤まで降りてきてチャンスになるのは偶然ではなく、このような意図があって初めてチャンスになります。

青11の選手がよりクレバーであれば、少しだけサイドに流れることで逆サイドを広くしたり、遅く降りることで、相手のセンターバックを引きつけるなどこの意図がわかっていれば、型通りにプレーするだけでなく、型破りなプレーでよりチャンスが作れることでしょう。また、この意図を他の選手と共有できていることも重要だと考えます。

リバプールのフィルミーノ選手などはこのような周りを生かすプレーが上手いと言われています。サラーとマネがその意図を理解しているのが前提にありますが…。

 

型破りな…

型破りという言葉が出ましたが、型を教える意味はこれに尽きるかもしれません。サッカーは進化し続けていて、相手の戦略を打ち消すために型破りなことをします。ただ、その型を理解していなければそもそも相手の意図もわかりません。型を教えることは相手や味方の意図を理解し、サッカーのベースを掴むことにつながります。

有効な型があるなら、有効な理由がそこにはあり、必ず穴があります。その理由や穴を教えたり、考えさせることこそに型を教える理由があると私は考えています。